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 『白仏』
辻仁成著
文春文庫

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著者の祖父をモデルとして、事実に即しながら書かれた小説。

死とは何か、人間は、いずれ死ぬのにどうして行きなければならないのか、それを、正面から書いている作品だとおもう。
前回書いた『サヨナライツカ』は、愛について書いていたけれど、こちらは死について、生について。
どちらも、逃げることも横道にそれることもせずに、真正面から書かれている、と思った。
そういう作品に、あんまり出会ったことないな。


時代や土地の背景が詳細に描かれているから、リアルさがある。

そこには、古臭さというか、年季というか、そういうものがあって、いまどきではない。
よくあるような、現代の闇だとか少年たちが抱えるなんちゃらだとか退廃的なセックスだとかそういうものを扱った話じゃない。
それが、温かみを出し、ずっと昔から変わらずに抱かれ続けてきたであろう本質的な疑問を鮮やかにし、時間軸の推移をなだらかにしてる。


生きることは、簡単なことじゃない。その意味を見つけることだって、簡単にできるわけない。自殺というのはラクな選択。それでも生に執着しなければならない。それは人間だから。死ぬまで生きてこそ、そうやって必死に生きようとしてこそ、生きるとか死ぬとかそういうことを語れるのかもしれない、とおもった。


もう少し成長したらまた読もう。
つぎは『太陽待ち』を読みたくなった、一度読んだけど。
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 『サヨナライツカ』
辻仁成著
幻冬舎文庫

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日本に住む彼女との結婚を目前にしたタイに住む日本人男性が、結婚前の数ヶ月、タイで出会った女性と激しく恋をし、別れ、再会する、物語。

愛とは何か、愛するとは、愛されるとは、そういうことを真正面から考えざるを得なくなる、物語。

ただ好きなだけではだめなのか。
相手は一人でなくてはいけないのか。
愛しあっていても離れなくてはならないのか。
結婚とはなにか。
結婚しても、心は自由だろうか。
一生の別れと覚悟した人との再会は美しいのか。
愛していると言ってはいけない関係は正しいのか。
過去とは決別すべきものなのか。

ひとを愛することに、決まったカタチなどいらないのかもしれないと思う。
ひとを愛すること、恋をすること、結婚すること、ただ一通りじゃない考え方ができる、物語ではないかとおもう。
だけど苦しい、苦しい話だ。
自然に流れる涙はきっと、神の視点の感動の涙ではなく、沓子や豊に同調させられてしまった自分自身の悲しみや懐かしみ、苦しみ、喜びの涙だ。
 『愛をください』
辻仁成著
新潮文庫

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私が辻仁成を好きになるきっかけになった本。
数年前、長く電車に乗るからと書店に寄って、たまたま目に留まって買った。



あるふたりの人物の手紙のやりとりだけでほとんど構成されている物語。
主人公が、文通の相手に励まされて、ときどきは相手を励ましたりもしながら、絶望していた人生の中に幸せを見つけられるようになっていく話なのだけど。

私は、なんだかこの主人公"李理香"の絶望がわかってしまうような気がして、だけど必死で希望を探す姿も、ああ、私にもこういう部分が、って思ってしまって、小説なんて多かれ少なかれどれにも、だれにもそういう部分があるから面白いのだろうけど、でも、辻仁成の作品に私はそれが多い気がして、例に漏れずこの物語の主人公にも、そのような感覚を覚える。
それが、苦しい。

そして、李理香が幸せを見つけたことを素直に喜べない読者の私がいるんだ、変な話だけど。



このふたりの関係が、どうも、私とあるひとの関係に似ている。
あるひと、とは、会ったことはないけれど私の多くを知っているひと。年上のひと。男のひと。
私たちの場合、文通ではなくてメールだけれど。
私たちの姿も無意識に重ねながら読む。
苦しかったり、かゆかったり、ほんとうに自分を見ているようであったり。


タイトルにもある、愛、という言葉の意味がわからなくなったら、その存在を疑わずにいられなくなったら、この本を読みたいとおもう。

ただ、一回目に読んだときほどの衝撃はなくなっていた。
私の感性が変わったのか、慣れてしまったのか、わからないけど。

『なぜ自分を傷つけるの?…リストカット症候群』
アリシア・クラーク著
上田勢子訳
大月書店

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メンタルヘルスの研究会に所属していて、自分の研究テーマを「自傷行為」に決めて、中間発表のために読んだ。

事例もたくさん載っていたし、さまざまなケースの原因と行為、自分や知人が自傷行為をしているときの対処法もあり、薄さの割りに、中身の濃い本だったと思う。
かなり読みやすい。
たぶん中学生ぐらい向けの本。
(ただし、自傷行為の経験がある人は、フラッシュバックを起こして苦しくなることは、充分あると思う。)

自傷行為というのは、そういう病気ではなく、いろんな病気の症状として出るものだから自傷行為についての、心理学や精神医学の本はほとんどない。
学校のメディアセンターでは、一冊も見つけられませんでした。

この本は、教育関係の本のところに、青少年の問題、みたいな感じでおいてありました。
これから自傷行為について調べて研究していくには、本がないというのはかなり不便だと思う。

でも、知らなきゃいけないだろうとも、思うのです。


レビューからちょっと離れて私の考えを書くと、
自傷行為というのは決して自分とは違う、"おかしい"人たちだけがやるものではない
というのが、私の主張で、研究をしようと思ったきっかけ。

たとえばやけ酒や喫煙も、自傷行為と何が違うんだろうと思う。
体に悪いと知りながら、他にイライラをなくす手段がわからずにお酒を飲んでわざと酔っ払ったりヤニを体に入れたり。
アルコール依存症とかニコチン中毒とかになってしまっていたら話はまた違うだろうけど、やめられるのにやめない、よくないという意識はあるのにやってしまう、それは、自傷行為と何も変わらないのです。

なのに"リスカ"とかってショッキングな言い方をして自分から遠ざけて嫌悪感を持って見る、それは、違うんじゃないかな、と。
もっと自分の近くにあるし、自分だってやっているかもしれない、そういう行為なんだって、社会的に認知されてもいいんじゃないかと思って、研究をしていきます。
『人はなぜ恋に落ちるのか?-恋と愛情と性欲の脳科学-』
ヘレン・フィッシャー著
大野晶子訳
ソニーマガジンズ

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心理学を学ぶ手始めにとおもって読んでみた本。

タイトル通り、人が恋をする理由を科学的に分析した本。

人を好きになる理由、ある特定の人に惹かれる理由、別れたり、離婚したりする理由、などを、実験や研究に基づいて書いていて、なるほど、と思った。

正直なはなし、元彼に別れ話をされるちょっと前にこの本を手にとって、どうしたら別れずにすむかのヒントをもらいたくて読んだってのもある。
けっきょくなにも変わらなかったけど!

子孫をのこすためにどうとか、アドレナリンがどうとか、たしかにメカニズムは多少わかったように思うけど、でも、人を好きになるのは、ある程度以上はコントロールできるものでもないし、すべきものでもないとおもった。
好きなものは好き、それでいいんだと思う。
筆者も最後には、ミステリアスなままだって書いてたし。


この本、訳されたものだったから日本語の表現として不自然なとこもいっぱいあったし、たぶん英語でそのまま読んだほうがわかりやすいんだろうと思った。
英語で書かれたものはそのまま読めるぐらいの英語力はほしいと感じた。

あと、役者あとがきは非常に無意味だった。
筆者がすでに言ってることしか言ってない。
喩えまでおんなじ表現を使ってて、こわはいらないだろ、と思った。

まぁ、手始めには、よかったんじゃないかな。


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